普通、そばつゆと言えば、醤油と砂糖、みりんで作った返しを一ヶ月ほど寝かし、これに鰹節や雑節でとった出汁を加えた江戸風つゆが、一般的ですね。これを「辛つゆ」とも呼びます。この辛つゆに薬味として大根おろし、ねぎ、山葵を加えてそばをたべます。これは、江戸のそば職人の手で洗練、熟成、完成されたそばつゆの一つの姿です。
信州でそば切りが作り始められた江戸時代初期は、醤油がまだ庶民に普及する以前ですから、とても醤油味のそばつゆが使われていたとは考えられません。あったとしてもたまり醤油で、鰹節とともにかなり高価な品であって、普段の食卓にのぼる調味料ではなかったでしょう。そこで、身近にある味噌、ネギ、辛み大根を使ったつゆが考えられ、信州の広い範囲で食べられていたのではないでしょうか。たまたま、そのつゆが高遠山間部などの狭い範囲だけに生き残ったと思われます。 みそ漬けを煮出してそばつゆを作っていたと言う北信州の富倉地区も、醤油普及以前の同じような事情からの工夫ですね。
※当店の「からつゆ」は、本枯れ本節の鰹と枯れ鯖節からとったからつゆ専用の出汁を使っています。下の作り方のように家庭や地域によっては、出汁は使わないで、一番の洗い水を使う家庭もありますが、私の家では出汁を使っていましたし、やっぱり、一手間かけてとった出汁があった方がからつゆも美味しいのです。
ここで高遠そばのコマーシャルが見られます。
芝平での打ち方は、湯ごね、延し棒は一本、角だし無し、巻き延し、手駒です。おばあちゃんの言うには、手駒の方がやりやすいそうです。包丁が菜切りですからね。駒板、のし棒三本、角だしなど江戸で発展した手法の影響は、まったく受けていません。
会津に高遠そばを伝えたのは、二代将軍秀忠の子で高遠藩主だった保科正之公です。東京の人には、親しみ深い「玉川上水」をつくった人物です。この保科正之公は、大変なそば好きだったと伝えられ、蕎麦打ち職人や食べ方、辛み大根(高遠大根)を会津に伝えた人でもあります。名君と言われた保科正之公のことですから、米よりも短期間で栽培できるそばを救荒作物として普及させようと言う意図があったかもしれません。 正之公の時代に高遠ではすでにそば切りの文化があり、まだ他の地域ではそば切りが普及していなかったことが、このことから推測できます。きっと、信州から江戸へのそば切り伝播もこのころだったのでしょう。兵庫県出石のそばも、城主の転封で上田より伝わったものだということです。
余談になりますが、正之公が高遠から連れていった家来の子孫に、小原の庄助さんと言う人物がいたようです。これが民謡会津磐梯山にうたわれている小原庄助さん本人かは定かではありませんが。小原(おばらと読みます)と言う地区は、いまでも高遠城址の対岸にあります。
寒ざらしそばとは、寒中2月の水中に約10日間浸けた後、更に寒中の寒さの中に晒すと言う手法です。今で言う「氷温」の原理で、アミノ酸組成を変えてうま味を増し保存性を高めようと言うものです。 江戸時代、高島藩と高遠藩から幕府に献上された品物の中に、寒ざらし蕎麦があったと資料にあるそうです。この寒ざらしと言う手法も、当主の国替えによって山形などに高遠藩から伝えられたものです。
WEBや雑誌などで「行者そば」と「高遠そば」を混同したものが見られます。(行者そばとは、修業のために信州に入った役小角と言う行者が伊那の内の萱にひとつかみの玄そばを与えたと言う伝説です。)多くの雑誌やwebなどでは、その時代からみそ味のからつゆがあり、そば切りとして食べられていたと言う記述になっているのです… が…… 蕎麦自体は粒食や粉食として縄文弥生の頃から食べられていた食物ですが、「そば切り」=麺食としては江戸時代初期ころ(1600年台)から始まった食べ方です。そば切りと言う食べ方は、三百年ほどの歴史しかないわけです。行者そばの伝説は、奈良時代の話らしいですから、その頃「そば切り」として食べられていたとは考えられません。塩尻の本山や甲州天目山などそば切り発祥の地と言われる場所はいろいろな所にありますが、どれも発祥は江戸時代初期だと言うのが定説です。行者そばの伝説と、高遠そば(からつゆ)=そば切りとはこれはもう千年単位で時代が違うわけです。(発祥の地についてはココが詳しい。) しかも縄文の時代からさまざまな方法で食べられていた蕎麦が、奈良時代の信州になかったとはとても考えられません。役小角が実在の人物で、行者そばの伝説が事実だとしても、行者は特別に”旨い”あるいは”収量のある”玄そばを置いていったと言う事ではないでしょうか。 いずれにせよ「高遠そば=からつゆ」は、そば切りのもっとも初期の食べ方でたまたま高遠の山間地に残っていた食べ方。「行者そばの伝説」は、その千年近く前の玄そば伝来の謂われですから、たまたま地域が近いと言うだけで、それぞれほとんど関係がないわけです。 高遠そばについての質問、ご意見はお気軽に掲示板またはメール |
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